896: 名無しさん@おーぷん 2016/09/20(火)08:21:00 ID:o3N
私の毒父は家庭を顧みずやりたい放題で妻にも子供にも興味がなく、貧乏暮らしをさせてくれたので正直好きも何も無い

私が学生時代にとうとう重病に罹り、余命わずかとなったけど、正直あの親父がやっといなくなってくれるかと思ってせいせいしていた

しか入院なのでたまには付き添いをしないといけない。付き添いっていっても本人はほとんど意識がない。



病室でやることも無く、時間をもてあましていた。
仕方がないので父親が残していたたしか文芸春秋かなにかの月刊小説誌をめくっていたら、巻頭が池波正太郎氏の「むかしの味」の連載だった
神田淡路町のフルーツパーラー万惣のホットケーキが掲載されていて、エッセイは池波氏の父親の思い出と共に懐かしいホットケーキの味が記されていた

私の父親は子供をどこかに連れて行くことも何か買ってくれたこともない。怒鳴って暴力を振るうだけの存在だった。
ファミレスすら高いといって連れて行ってくれたこともない。
私の入学祝いですら、自分が飲みたいからといっていきつけの大衆居酒屋に家族を連れて行く人だった。
(若者が喜ぶような)食べるものもろくになくて時間をもてあました思い出しかない

それに比べて、昔の人なのに、離婚しても子供を思いやる父親がいた池波氏はうらやましいなと思った。
いや、高名な作家でなくても、それまでも同級生の父親が何かあれば率先して車で送り迎えしてくれるのを横目で見ながら一人で雨が降ろうが、雪だろうが自転車で通学してたり
学校行事で遅くなったら迎えに来るお父さんがほとんどだったのに、自分は何も無しで、自分の父親が世間の父親とずいぶん違うとは思っていた
月曜日なんかに週末何処に行って何を食べたとかそういう話をする同級生がうらやましかった

その後まもなく父親が死んだけど、予想したとおりなんとも思わなかった。家族を粗末にしたから家族からも大事にされなかっただけの人

さらに就職してどういうわけか神田に勤めることになって、万惣も何度か行った。
ホットケーキは確かに美味しかった。

ただ、食べるたびに、薬くさい病室で意識もなく横たわっている父親を早く死ねと思っていた若い自分を思い出してしまっていた。
万惣はもう無くなってしまったけど、万惣譲りのホットケーキを提供している店で食べると、父親の忌まわしい思い出もなんとなく思い出す

しかしやっぱりホットケーキはうまい

897: 名無しさん@おーぷん 2016/09/20(火)15:20:25 ID:JRC
>>896

お疲れ様でした・・・大変でしたね・・・
本とかを見てうらやましくなる気持ちよく分かるわ。
ホットケーキは美味しいけどやっぱりしょっぱい記憶と一緒だとちょっと辛いよね。


そして吐き出し。

我が家は毒両親に愛玩子の姉という家で、結婚を機に解毒したと言う感じ。
悩みまくったけど一年半くらい前に絶縁した。自宅凸とかはなかったんだけどやりやがりましたよ・・・
母の姉が・・・orz
夫が出てくれたんだけど本当にくたびれた。精神的にもいま危うい感じ。
まあ、親と仲直りしろと言う感じだったらしい。3分くらいで帰ってくれたけど
そんなことする、させるからますます嫌いになるんだよ。

しかし良かったのは夫が離婚してもいいと言ってくれたこと。
と言っても離婚してそのまま夫の養子になるんだけど。ゲイの人の結婚みたいな感じ。
これだと私が死んでも毒親が迷惑かけれなくなるし、真の絶縁が出来る。
夫としてはやはり戸籍上でも夫婦でいたい、と言う気持ちがあって嫌がってたんだけど
母の姉の凸で「あ、これは話が通じない」と思ったらしい。

まだ調べ途中だから何とも言えないけど毒親から逃げる方法の一つとして
『だれかの養子になる』と言う方法は結構ありっぽいです。

898: 名無しさん@おーぷん 2016/09/22(木)22:54:39 ID:9Ka
>>897


ホットケーキの書き込みにレスありがとうございます。
本当に美味しいものなのに、嫌な思い出が強烈にくっついているのが悔しい

ところで897さんも余計なお世話をされる親族がいて大変ですね。
理解のあるご主人様がいらっしゃるのは何よりです。

縁をうまく切れて、897さんがこの後末永くお幸せに平穏に生活できることを何より祈っています。

引用元: ・毒親育ちが語り合うスレ in Open2ch 1







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