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553: 名無しさん@おーぷん 2017/05/07(日)16:38:47 ID:???
連休も終わりだけど、お茶うけに昔語りの長話
半世紀前、当時、私は3,4歳だったのでほとんど両親から聞いたことだが
父が単身赴任で別の県で会社の単身寮に入ることになったが、家族(母と私)と離れるのを嫌がり
母と私はそれまでの住処も賃貸だったので、父の赴任地に近いアパートに引っ越した
父は週末にアパートに来て過ごし、月曜の朝に仕事に戻って行った




ある週末、公園で父と私が遊んでいると、隣の部屋に住んでいる女性が通りかかった
女性は一人暮らしで、踊り(日本舞踊)のお師匠さんをしていて、週に数回、生徒が来ていた
隣室から聴こえる三味線の音に、母は「粋なところに越してきちゃったね」とむしろ喜んでいた
女性は「○○ちゃん(私)、(一緒に遊んでいるのは)パパ?」と聞いてきたので
私は「そうです」と答えた

その後、母とその女性との立ち話
「○○ちゃんて、パパさんにそっくりね」
「そうなんですよ、一目でわかるってみんなに言われます」
「いいわねえ、子供できて、パパさんにそっくりで、しかも女の子でしょ
疑われないし、もめないし、いいことずくめよね」
母は「??」と思ったが後々、その女性といろいろ話すようになってわかったこと
女性は元芸者で、旦那に身請けされて、今はお妾さん、二号さん
そういえば時々、年配の男性が女性の部屋に来ていた

しかし母が驚いたのはそのことではなく
父が「こぎれいで管理もしっかりしているし、入居者は女性が多い」と見つけてきたこのアパートが
町では「二号さんアパート」と呼ばれている、
入居者はうち以外の全世帯(10世帯ほど)が、表向き独身女性の二号さんだったことだった
不動産屋が、「男性が契約に来たが、住むのは女性と子供」ということで、
「あーまた二号さんか」と勝手に気を回してこのアパートを勧めてくれたのだ
たしかに住みやすいアパートだったし、母はあっけらかんとした性格なので面白がっていた

ちなみにもっと前の時代の、芸者上がりの二号さんは小さな家くらい買ってもらえたものだが
昭和40年代ともなると、そんな成金の金持ち旦那も若くて美人の芸者さんも絶滅危惧種
アパートの家賃を持ってやるくらいだったらしい
この後の時代になると、二号さんでなくて愛人と呼ばれ、芸者さんより高級クラブのホステスとかになり
アパートでなくてマンションになっていくのだが、その中間の過渡期の話

引用元: ・今じゃ考えられない昭和の生活◆2








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1001: 以下、おすすめ記事をお送りします: 2018年04月08日 15:49 ID:okusamakijyo

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