pose_zetsubou_woman
328: 名無しさん@おーぷん 20/01/21(火)18:17:35 ID:VQ.ge.L1
気持ちのやり場がなくなった。

私は高学年の時にムンプス難聴になっている。
当時は助成ありの個別摂取だったもののほとんどの人が受けていた時代。
突然耳が聴こえなくなった当時は凄く泣いたし、聴こえない事によって人に嫌われたりもした。
そのたびに予防接種さえ受けてれば、親が予防摂取を受けさせてくれてたらって思っていた。




でも母もきっと後悔しているだろう、自分が受けさせなかったせいで私が難聴になったんだから1番後悔しているのは母だろうと、なんで子供の時に受けさせてくれなかったのかという一言を飲み込んで生きてきた。

でも先日、母に言われた。
あんたが難聴になったのは運が悪かっただけ。
だって考えてみて?同じように打たなかった妹達はおたふくにすら掛かってない。
それなのにわざわざおたふくになって更に難聴までなるなんて本当に付いてなかったね。

って言われて、母が何一つ自分を責めていなかった事が分かった。
冷静に考えれば私がおたふくになったのだって母には何一つ関係ない話であって自責の念を持つべきだって思うのもおかしいのは分かってる。

でも私の中で母を責めるべきじゃないと、母を悪者にして怒りや悲しみを抑えるのと同時に、自分が難聴になった事実を諦めてきた分、その一言で気持ちのやり場が無くなってしまい、「なんで私が」「なんでなんで」っていう気持ちで泣きたくなてしまう。

引用元: ・スレを立てるまでに至らない愚痴・悩み・相談part121








このまとめが気に入ったら
「フォロー」をよろしくお願いします!
1001: 以下、おすすめ記事をお送りします: 2020年01月25日 17:18 ID:okusamakijyo

おすすめ記事